侍JAPANや日本プロ野球のオリックスで活躍している曽谷龍平(そたに りゅうへい)さん。
そんな曽谷龍平さんですが、どんな家庭で育ったのか気になりますよね。
この記事では曽谷龍平さんの家族構成や両親について紹介していきます。
曽谷龍平の家族構成図

曽谷龍平は4人家族
曽谷龍平さんは、4人家族です。
父親:曽谷博一(ひろかず)
母親:曽谷香織(かおり)
兄:曽谷淳仁
曽谷龍平
ご両親と兄1人という家族構成です。
曽谷龍平さんは2人兄弟の次男なんですね。
曽谷龍平の実家は奈良県生駒郡斑鳩町
画像引用元:選手名鑑2023
曽谷龍平さんは、奈良県生駒郡斑鳩町で生まれました。
野球を始めたのは、曽谷龍平さんが小学校1年生の時です。
高校生の時、地元である奈良県を離れます。
その後の曽谷龍平さんの経歴はこちらです。
秋田県の野球有名校でもある「明桜高校」に入学(ノースアジア明桜高校野球部に所属)
白鷗大学に入学
2022年 ドラフト指名を受けてオリックスへ (プロ野球選手)
2026年 WBC 日本代表メンバーへ
曽谷龍平の父親はどんな人?
父親のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:朝日新聞
名前:曽谷博一
生年月日:1974年5月生まれ
年齢:51歳 (推定)
職業:公務員(町役場勤務)
父親の曽谷博一さん自身、元高校球児でポジションは捕手(キャッチャー)でした。
県立斑鳩高校(現:法隆寺国際高校)の野球部出身です。
父親の職業は公務員
父親の職業は、公務員です。
役場に勤める父・博一さん(52)は司会進行役を務め、「斑鳩町を背負う投手になってもらえたら」と期待を寄せた。
引用元:パ・リーグ.com
地元である斑鳩町役場に勤めています。
職場では「安全安心課長」として、地元の安全を守っています。
父親のエピソード
父親が野球好きだったため、曽谷龍平さんは幼い頃からよく野球を見に行っていたそうです。
球場に行くうちに、父親も一緒にオリックスのファンになったのだとか。
野球を始めてからは体力をつけるために、父親に言われて近所の「いかるがパークウェーイ」を走っていました。
体力をつけさせようと、父の博一さんが「走ってきー」と言うと、近所の「いかるがパークウェイ」という道路をぐるぐる走っていた。最初のうちは1人で走っていたが、近所の仲間にも声をかけて、みんなで走るのが恒例になっていたという。
引用元:朝日新聞
また、曽谷さんがWBCに初出場することが決まった際には、父親はあたたかく応援をされていました。
父親は現在、息子のファン1号は自分であると話しています。
「お父ちゃん、お母ちゃんでファンクラブ1号、2号として、しっかり応援するのみ。飛行機の荷物室に入ってでも、マイアミの決勝に行きたいです(笑)」と愛情たっぷりだった。
引用元:パ・リーグ.com
とても素敵な家族関係ですね。
曽谷龍平の母親はどんな人?
母親のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:朝日新聞
名前:曽谷香織
生年月日:1972年生まれ
年齢:54歳 (推定)
母親の職業は不明?
母親の職業は、不明です。
母親のエピソード
母親は、曽谷さんが小学校二年生の頃に書いた「プロ野球選手になっている!オリックスに入っている」という作文を見つけました。
作文のテーマは20歳の自分に向けたメッセージでした。
【 #オリックス1位 】白鴎大・曽谷龍平、8歳の手紙「オリックスにはいってください」夢かなえた https://t.co/eHZzBlSuX7 #野球 #baseball pic.twitter.com/FTvdoLGrsE
— スポーツ報知 (@SportsHochi) October 20, 2022
母親も曽谷龍平さん自身もこの作文の存在をすっかり忘れていたそうですが、「縁があると感じた」とインタビューで振り返っていました。
母親がこの作文を見つけた、翌年のドラフト会議でオリックスに1位指名を受けています。
「信じられなかったですね、自分の子供がそういうところに立っているというのが。なにか縁があるんだな、と感じました」と感慨深げに語った。
引用元:Number
曽谷龍平の兄はどんな人?
兄のプロフィールや顔画像は?

画像引用元:奈良テレビ放送
名前:曽谷淳仁
生年月日:1998年生まれ?
年齢:28歳 (推定)
兄のエピソード
小さい頃、曽谷龍平さんは、お兄ちゃん子だったそうです。
母親曰く、「いつもお兄ちゃんにくっついていた」と振り返ってました。
野球を始めたのも、兄の影響でした。
いつも2歳上の兄にくっついていた少年は、小学1年のときに野球を始める。友達から「野球しようや」と声をかけられた兄が、弟も誘ったのだ。
引用元:朝日新聞
このエピソードから、兄弟が仲が良かったことが伝わってきますね。
