1976年のデビューから2021年の石原プロモーションの解散まで石原プロに所属し、俳優として活躍している神田正輝(かんだまさき)さん。
この記事では神田正輝さんの奥さんや子供について詳しく紹介していきます。
神田正輝の家族構成図
神田正輝は現在独身
神田正輝さんは現在独身です。
神田正輝
元妻:松田聖子
長女:神田沙也加(2021年ご逝去)
1997年に離婚した元妻と子供1人という家族構成なんですね。
神田正輝の元嫁は歌手
元嫁のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:松田聖子オフィシャルサイト
神田正輝さんの元奥さんは歌手です。
名前:松田聖子
生年月日:1962年3月10日
年齢:62歳
身長:160㎝
職業:歌手
出身:福岡県久留米市
学歴:中央大学法学部通信教育課程卒業
元嫁の職業は歌手
元嫁の職業は、歌手です。
松田聖子さんは1980年4月に「裸足の季節」でレコードデビューされました。
引用元: HMV&BOOKS online
リリースしたレコードが次々とヒットを記録し、1980年代を代表するアイドルでした。
ヒット曲を連発しただけではなく、髪型や後には生き方など様々な面で日本の大衆文化に大きな影響を与えるカリスマ的な存在となりました。
1980年代から作詞や作曲を行うことが時折あり、1990年代以降は作詞・作曲やアルバムのプロデュースに自ら取り組むシンガーソングライターとしての活動を展開しています。
海外での音楽活動も意欲的に行っており、1990年にSeiko名義で全米デビューを果たした後も日本でのポップス路線と並行して度々リリースを続けていました。
近年では、海外進出時に出会った著名な音楽家との交流を元に全編英語詞のジャズアルバム(『SEIKO JAZZ』、『SEIKO JAZZ 2』)をリリースするなど、新たな一面も見せています。
松田聖子さんはデビューから40年経ちましたが「アイドル」と呼ばれ続けるその活動に敬意を表して「永遠のアイドル」と呼ばれています。
メディアでは「生き方に憧れる女性有名人」「輝いている女性有名人」「スターだと思う有名人」「永遠のアイドルだと思う有名人」などの好感度アンケートでは常に上位にランクインされています。
2人の馴れ初めは映画共演
お二人のこれまでの時系列です。
1985年6月:結婚
交際が報道されると、4月には婚約発表。
6月には東京都目黒区にあるサレジオ教会で結婚式を挙げるスピード婚でした。
人気俳優とトップアイドルの結婚は「聖輝の結婚」と呼ばれ、約10時間に渡り結婚式と披露宴の様子がテレビで放送されました。
その時の平均視聴率はなんと、34.9%を記録したんだそうです。
馴れ初めは映画「カリブ・愛のシンフォニー」での共演
画像引用元: スポーツ報知 (hochi.news)
お2人は映画「カリブ・愛のシンフォニー」での共演で知り合いました。
海外でロケが行われており、ロケ中に倒れてしまった松田聖子さんを神田正輝さんがお見舞いに行ったことがきっかけで交際に発展したんだそうです。
松田聖子さんが倒れてしまった原因は、この撮影の少し前に郷ひろみさんと破局されておりその心労ではないかと言われています。
ご結婚の翌年には娘の沙也加さんが誕生し幸せな生活を送っていると思われていましたが、結婚から12年後の1997年に離婚。
離婚理由は、松田聖子さんの度重なる不倫だったようです。
1989年にはニューヨークで近藤真彦さんとの密会が週刊誌にスクープされてしまいました。
また、1994年には英会話教師だったジェフ・ニコルさんとの密会がスクープ。
プライベート写真も流出し、3年以上もの間不倫関係が続いていたことが明らかになってしまいました。
不倫相手のジェフさんは松田聖子さんと結婚の約束をしていたと言い、不倫がスクープされ振られてしまった腹いせに暴露本まで出版されています。
神田正輝の長女は歌手
長女のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:Instagram
名前:神田沙也加
生年月日:1986年10月1日
没年月日:2021年12月18日(享年35歳)
身長:159.9㎝
職業:歌手
出身:東京都
娘の職業は歌手
子供の職業は、歌手です。
CM『アイスの実』で「SAYAKA」名義で芸能界デビュー後、舞台や映画・テレビドラマなど幅広く活躍されていました。
2002年6月11日にさいたまスーパーアリーナで行われた母である松田聖子さんのコンサートに歌手・SAYAKAとしてゲスト出演し、デビュー曲「ever since」を披露したこともありました。
2004年7月には舞台経験がない中、約20倍のオーディションに勝ち残り宮本亜門さん演出のミュージカル『INTO THE WOODS』で赤ずきん役を演じました。
引用元:cinemacafe.net
この作品に出演したことが、のちに舞台女優として活動するきっかけになったそうです。
また、2014年に公開されたディズニー映画『アナと雪の女王』で、王女・アナ役の日本語吹替えを好演。
『アナと雪の女王』で、ヒロインの一人・アナの日本語吹き替えを担当した神田は、来日した監督らを前に挿入歌「For The First Time in Forever」を披露し、ジェニファー・リー監督が涙するほど感動させた。
引用元: ORICON NEWS
大ヒットに貢献され歌唱・声・演技、あらゆる面で評価され一躍注目を浴び、第9回声優アワード主演女優賞を受賞されました。
何かと「松田聖子さんの娘」として取り上げられることが多かった沙也加さんでしたが、このヒットにより沙也加さん自身が松田聖子さんとは違う独立した才能をもつ芸能人・アーティストとして認められたと感じたそうです。
子供のエピソード
1997年に神田正輝さんと松田聖子さんが離婚し、親権は母の松田聖子さんが持ちましたが、姓が変わって沙也加さんが混乱しないようにと神田姓で新たな戸籍を作られたんだそうです。
神田正輝さんが女性自身で連載していた『中山秀征の語り合いたい人』で対談された際、沙也加さんのエピソードを話していました。
「なかなか一緒にいられないから、できるだけね。沙也加がうちで誕生日パーティをやっているときに、撮影を中抜けさせていただいて時代劇の格好のまま、プレゼントを渡しに行ったこともあったな」
引用元:女性自身
離婚後も、神田正輝さんは沙也加さんへの愛情は変わることはなく、歌手・女優としての成長も神田正樹さんは見守りつづけていました。
しかし2021年12月、沙也加さんは札幌市内の宿泊先ホテル14階屋外スペースに倒れているところを発見。
意識不明の状態で市内の病院へ搬送されご逝去されました。
35年に渡って大切にしてきた我が子を失った心痛は、他人が推し量れるものではないでしょうね。
やつれた様子の神田正輝さんを心配する声がSNSなどでも多数確認されています。