日米の野球界で数々の実績を残し”ゴジラ”の愛称で有名な松井秀喜(まついひでき)さん。
そんな松井秀喜さんですが、どんな家庭で育ったのか気になりますよね。
この記事では松井秀喜さんの家族構成や両親について紹介していきます。
松井秀喜の家族構成図
松井秀喜は4人家族
松井秀喜さんは、4人家族です。
父親:松井昌雄
母親:松井さえ子
兄:松井利喜
松井秀喜
ご両親と兄弟2人という家族構成です。
松井秀喜さんは2人兄弟の次男なんですね。
松井秀喜の実家は石川県能美郡根上町
画像引用元:日テレNEWS NNN
松井秀喜さんは、石川県能美郡根上町(現:能美市)で育ちました。
産まれたころから体が大きく、3歳で入った保育園では「保育園史上最大の園児」と言われました。
小学校1年生のときに「根上少年野球クラブ」に入部するが、まだ幼かったため一旦野球を辞めます。
しかし、野球に打ち込む兄に触発されて、小学5年生の夏に再度入部。
小学生時代は野球の他に柔道でも活躍していました。
中学校時代には野球部に入り、大きな体格で捕手や投手へも転向しました。
通算打率は6割を超え、3試合連続で本塁打を放ったこともあります。
高校は星稜高校へ進学。当時の監督からも熱烈な勧誘もありました。
1年生から4番打者を務め「北陸の怪童」「星稜恐怖の1年生4番」として注目を集めました。
2年生にはキャプテンを務め、秋の明治神宮大会では優勝。
3年生の夏の選手権では”5打席連続敬遠”を受け、当時は社会問題までに発展しました。
高校卒業した1992年のドラフト会議で交渉権を獲得した巨人に入団しました。
そして、注目を集める大型新人選手として巨人で活躍し、数々の受賞歴を残しています。
2002年にはアメリカ(MLB)のヤンキースへ入団して、世界で活躍する野球選手となりました。
松井秀喜の父親はどんな人?
父親のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:ORICON NEWS
名前:松井昌雄(まついまさお)
生年月日:1942年3月28日
年齢:83歳
職業:宗教法人瑠璃教会の二代目司教
出身:石川県金沢市
学歴:石川県立金沢泉丘高等学校通信制卒業
父親の職業は司教
父親の職業は、宗教法人瑠璃教会の二代目司教です。
松井秀喜さんの祖母・松井瑠璃寿(本名:松井みよ)さんが教祖の瑠璃教会を設立。
昌雄さんが27歳のときに養子として松井家にきました。
そして、松井秀喜さんの母親・さえ子さんと結婚して、2人兄弟が産まれました。
松井昌雄[マツイマサオ]
1979年、宗教法人「瑠璃教会」代表役員就任、司教となる。1994年「松井秀喜野球の館(現・松井秀喜ベースボールミュージアム)」館長に、1995年「株式会社オフィス ルリ」代表取締役に就任。
引用元:紀伊國屋書店
父親は司教の他にも事業をしています。
息子にちなんだ”松井秀喜ベースボールミュージアム”も設立して館長をしています。
松井秀喜さんの幼少期の写真や野球選手としての軌跡が見られるようですね。
父親のエピソード
父・昌雄さんは松井秀喜さんに10年間に178通の手紙を送っています。
松井秀喜さんは18歳から親元を離れてプロ入りし、メディアにも注目され、プレッシャーもあったと思います。
そんな中、父親は実家・石川から息子へFAXを送り支えていました。
10年間送り続けた手紙の枚数は178通。
父親は育児に関する著書もいくつか出しており、「秀さんへ。息子・松井秀喜への一七八通の手紙」では息子の成長を振り返って書きあげています。
松井秀喜さんも父親について次のように語っています。
秀喜は「おれは一生かけてもおやじを越せないかもしれない…」と漏らしています。そんな息子との尊敬と愛情のやりとりが詰まった心温まる一冊です。(WY)
引用元:文藝春秋
松井秀喜の母親はどんな人?
母親のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:金商菫台同窓会
名前:松井さえ子
生年月日:不明
年齢:75歳(推定)
母親は専業主婦?
特に母親の仕事に関する記述などはみつかりませんでした。
母親は専業主婦ではないかと思われます。
母親のエピソード
有名なのが母・さえ子さんの手作りカレー。
松井秀喜さんが帰省の際には必ず食べて英気を養ったといいます。
独特のニンニクベースの味付「松井家秘伝のカレー」として有名です。
2004年にニッポン放送のリスナープレゼント限定で製作され、今なおファンの間で「幻のカレー」と語り継がれているという。ファンはもちろん、同社社員からも復活が熱望され続け、今回の発売決定へと至った。
引用元:マイナビニュース
食事からも家庭を支える温かい存在だったのではないでしょうか。

松井秀喜の兄はどんな人?
兄のプロフィールや顔画像は?
画像引用元:能美市
名前:松井利喜(まついとしき)
生年月日:不明
年齢:55歳(推定)
職業:建築士
兄の職業は建築士
松井秀喜さんの兄は一級建築士です。
松井秀喜ベースボールミュージアムの建物の設計をしたのは兄です。
ミュージアムは1994年に開館した「松井秀喜野球の館」をリニューアルする形で実家近くに新築。総工費は約5億円。夢をテーマに松井選手の兄で1級建築士の利喜さん(34)らが設計した。
引用元:四国新聞社
また、父親は立ち上げたオフィスルリは2015年に兄・利喜さんに譲渡しています。
兄のエピソード
松井秀喜さんはもともと右打ちでしたが、小学生の時に兄に勧められて左打ちに変更しました。
兄と兄の友人と野球をしてた中で、あまりに打ちすぎるので右打ちをさせないよう勧めたようです。
合わせて、尊敬する掛布雅之選手が左打ちでだったのも理由でした。
お笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明(61)が「右では打ちすぎだから左で打て、と兄に言われて始めたという話は本当か」と聞くと、松井氏は「半分本当」と回答した。
引用元:スポニチ
松井秀喜さんは兄と一緒に幼いころから野球をしていたんですね。